コーヒーで旅する日本/関西編|舞台役者からロースターへ。地域の日常に寄り添うコーヒーに見出した新たな表現の道。「明暮焙煎所」

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

元美容室だった建物を改装。住宅街にあって、紺を基調とした店構えが目を引く


関西編の第35回は、神戸市須磨区の「明暮焙煎所」。神戸っ子のおでかけの定番である須磨海岸や水族館のほど近くにありながら、静かな住宅街に佇む店は、開店5年を経て地元の厚い支持を得ている。店主の田村さんは、東京で役者として活動した後に、コーヒーの道へと転身した、ユニークな経歴の持ち主。さまざまなお客の日常を受け入れるカフェや喫茶店の世界観に惹かれ、新たな舞台に飛び込んだ田村さんがコーヒーを通して追求する自らの表現の形とは。

店主の田村篤史さんと奥様の真央さん


Profile|田村篤史(たむら・あつし)
1986 (昭和61)年、神戸市生まれ。学生時代演劇部に所属し、卒業後、東京の養成所に入り役者として数々の舞台に出演。映像制作の仕事などを経て、当時通ったカフェや喫茶店の魅力に自らの表現の場を見出し、開業を目指して地元・神戸に帰郷。神戸のコーヒー焙煎卸・マツモトコーヒーで、コーヒーの基礎を学び、焙煎やカッピングの経験を積み、2017年「明暮焙煎所」をオープン。

心なごむ憩いの場が演劇に代わる新たな舞台に

木の温かみを生かした店内には、芳しいコーヒーの香りが満ちる

「物件探しをしてる時、この辺りは穏やかさがあって、山から海へまっすぐ伸びる道を風が通ってるような、気持ちよさに惹かれましたね」という店主の田村さん夫妻。『明暮焙煎所』があるのは、ビーチや水族館のある須磨海岸から、少し山手。三宮や元町から電車で十数分の距離にありながら、のどかささえ感じる住宅街に溶け込む小さな店は、いかにも“町のコーヒー屋さん”の趣だ。

今では焙煎機を操る姿も板についているが、実はかつて役者として演劇の舞台に立っていたという田村さん。学生時代に演劇部に所属し、卒業後に本格的に役者を目指して上京。養成所に通いながら、オーディションを受けてはさまざまな舞台に出演していた。「といっても、“売れない”がつく役者で(笑)。いい劇団が見つからず転々としていました。だから長く稽古しても、それを見せる時間はわずかしかない。表現の場が限られていた中で、自分が生きがいとしているものを、もっと見てもらいたいとの思いを持っていました」

豆のラインナップは約12種、シングルオリジンは時季ごとに入れ替わる


一時は、映像制作の仕事に転身しようともしたが、徐々に演劇の道からずれていくことに葛藤を抱えていた田村さん。その頃、心の拠り所となったのが、カフェや喫茶店だった。「台本読みなどの場所として、最初はセルフカフェに行くことが多かったんですが、人の出入りが多くて集中しづらいので、個人経営の店に入ることが増えていきました。段々と店の人とも馴染みになり、挨拶や会話を交わすうちに、心なごむこの場の空気感に惹かれていきましたね」。日々の雑事、時々で変わる気分を受け止める空間は、調度からコーヒーの品揃え、メニューの名付けまで、店によってさまざま。一つの舞台を作るのにも似た世界観に触れ、演劇に通じる個性の表現を見出した田村さん。ちょうど結婚を控え、先のことを考える岐路に立っていた当時、新たな舞台として選んだのが、カフェや喫茶店が体現する憩いの場を作ることだった。

カウンターに並ぶ豆は購入時は試飲が可能


先達との出会いが後押ししたロースターへの道

焙煎機は入口のすぐ前に設置。立ち上る香りが店先にまで漂う

地元・神戸に戻って心機一転、自店の開業を目指して、一からスタートを切った田村さん。ひたすら勉強の毎日が続く中で、進むべき指針を示してくれたのが、神戸・栄町にあるロースター・VOICE of COFFEEの存在だ。「まだコーヒーのことをよく分かってない時に、この店でスペシャルティコーヒーの存在を知ったんです。最初に飲んだイエメン・モカは、チョコレートの風味とワインのような香りが印象的で、“芳醇とはこういう味なのか!”と感じ入りました。それ以上に、店主の坂田さんの気さくな人柄と、コーヒー一筋の仕事ぶりに惹かれて。コーヒーを中心にして生まれる店の表現や、独特の空間に感銘を受けました」と振り返る。

この出会いを機に、坂田さんの勧めで焙煎機メーカーのセミナーに通い始め、目指す方向をロースターへと舵を切った田村さん。とはいえ、最初は悪戦苦闘したという田村さん。「焙煎を学ぶといっても、当時の自分はまだスタートラインにも立てていない状態。とにかくうまく焼けなくて、これで店を始めるのはあまりに無謀と思いました」。“ハゼって何だ?”という、基本的なレベルから始まり、実際に焙煎の変化を体感するために、自宅でも手鍋を使って焙煎を繰り返した。

毎朝の豆の焙煎が田村さんの日課。今も試行錯誤を重ねている


そこで、大きな転機となったのが、神戸のコーヒー焙煎卸・マツモトコーヒーの松本社長との縁。「偶然、『映画と珈琲』というイベントでお会いして、思い切って、コーヒーのことを勉強したいと掛け合ったんです。当時は開業資金を貯めるために平日はアルバイトしていたので、週末にマツモトコーヒーに通って、原料のことから開業の計画まで相談に乗ってもらいました。今思えばありえないことですが、当時はかなりがっついてたんだと思います(笑)」と振り返る。この時、スペシャルティコーヒーの醍醐味に触れたことで、原料の個性を知る大切さを実感。風味を判断する舌を鍛えるべく、カッピングのトレーニングにも取り組み、幅広い銘柄の味を経験することで、味覚の感度と幅を広げていった。

ここまでわずか数年、生来の行動力を発揮し、自ら動くことで人の縁を広げてきた。その熱意に応えてくれた先達との出会いは、何物にも代えがたい財産だ。「学生時代からの性分で、やるからには趣味で終わらせられない。自分が納得する形で表現したいという気持ちは、演劇もコーヒーも同じ。世の中にはこれだけ多彩なコーヒーがある、その楽しさを伝えたいという思いがありました」。根っからの表現者気質を原動力に、2017年、『明暮焙煎所』をオープン。新しい舞台の幕が上がった。

テイクアウトのホットコーヒー400円は、カフェインレスにも変更可


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